サニーデイ・サービス/「DANCE TO YOU」
サニーデイ・サービスのアルバム「DANCE TO YOU」が10周年で(夏に、Xで盛り上がりましたね)、新たなマスタリングで、レコードが再リリース(8回目のプレス)されるということで、「DANCE TO YOU」について考えてました。
このアルバムは、サウンド的な面で、シティ・ポップやAOR云々言われることが多いと思いますが、僕もそういった部分は好きですが、このアルバムについて、ほかのことを思ったりしました(僕の勝手な想像も入ってます)。
このアルバムのころのインタビューを読んでみると、最初、曽我部恵一さんと田中貴さんと丸山晴茂さんの3人で、スタジオに入ってたそうです。
でも、レコーディングがうまくいかず、アルバムの制作費や、レーベルの運営費などもきつくなってきたり、丸山晴茂さんが体調不良でレコーディングから離れたりして、曽我部恵一さんは、一人でパソコンを持って、安いスタジオに入って、レコーディングしてたそうです(丸山晴茂さんが体調不良でレコーディングから離れただけでなく、曽我部恵一さん自身も、精神的にしんどい状態だったそうです)。
要するに、曽我部恵一さんのソロ作品のような制作状況になってたらしいんです(ベースは、田中貴さんですけど)。
なので、もしかしたら、サニーデイ・サービスのアルバム「DANCE TO YOU」じゃなくて、曽我部恵一さんのアルバム「DANCE TO YOU」になってたかもしれません。
でも、そうはしなかった。
曽我部恵一さんは、ドラムを叩くときに、「晴茂くんだったら、こんな感じで叩くじゃないかなぁ?」と、丸山晴茂さんのことを想って(もしくは、丸山晴茂さんを憑依させて?)、ドラムを叩いたんだと思います。
そして、「晴茂くんのことを想って、ドラムを叩いてるんだから、晴茂くんの想いも乗ってるんだ。だから、ソロ作品みたいな制作状況だけど、このアルバムは、サニーデイ・サービスなんだ」と、曽我部恵一さんは強く心に思ったのかもしれません。
要するに、今、目の前にいない人のことを想って、奏でる音楽の力を信じたんじゃないかと。
そこに希望の光を感じて、そこに懸けたんじゃないかと。
難航していたアルバムのレコーディングでしたが、そんな想いのもと、完成に至ったアルバムだったのではないかと、そんなことを思ったりしました。
「きみがいないことは きみがいることだな」(「桜 super love」)
「君のために踊る」(「DANCE TO YOU」の訳)
サニーデイ・サービス/「桜 super love」
(追記)
「DANCE TO YOU」が完成まで辿りつけたのたのは、もしかしたら、ディレクターの渡邊文武さんからのアドバイスといった、手助けもあったのかもしれません。
僕の記憶が正しければ、「本日は晴天なり」と「Sunny」のときは、渡邊文武さんの名前がクレジットされてなくて、「DANCE TO YOU」から、再び、渡邊文武さんの名前がクレジットされるようなった気がします(間違ってたら、すみません)。